Tulip Hour

管理人:あかねが、徒然なるままに色々なことを書き綴ってます。今はフィギュアスケート、次いでクラフト関係の話題が多いです

3.11

その時間、私は歯医者で治療中だったので黙祷は出来ませんでした。

夜、ニュースで日本各地の黙祷の映像を観ながら黙祷を捧げたのですが。

心の中で祈る言葉は殆ど思い浮かびませんでした。

あまりに色々な被害を傷を見てきて、一体どれだけの人や生命にどれだけの言葉を捧げればいいのか、とてもじゃないけど想いを巡らせること自体が不可能で。

金メダル獲得後の会見で外国人記者から震災について尋ねられ、重い口で無力感を訴えていた羽生くんは、本当に辛そうでした。

そういった人たちを見ていると、自分ごときがかけられる言葉なんて浮かばなくなってしまうのです。

先日、宮城か仙台の首長の方から、都心が震災に見舞われたときは被災者を受け入れる用意がある、という申し出があったのをニュースで知りました。

自分たちのところは人が少ないから地元だけで避難先を用意出来たけど、都心の人口ではそれは無理だろうと。

頭が下がると同時に、あることを思い出しました。

インド洋大津波のとき、Amazonを通じて寄付をしたことがあります。その話を知った職場の人たちから、「偉いね」と言われたのですが、私には偉いと思われること自体が不思議でした。

自分が住んでいるところは地震の巣です。日本列島はいつ地震と津波に見舞われてもおかしくない。

いつ、自分たちが彼らのように世界から助けてもらう側になるかわからないのです。

自分たちが助けてもらうかもしれないのだから、自分たちも助けなければと--特に災害の種類が地震と津波だったので--そう思うことは、極めて自然なことでした。

「被災地を忘れないように」の「忘れない」の中には、「いつ自分たちが被災者になるかわからないということも忘れてはいけない」ということも含まれるべきではないかと、先の宮城の方のお話を聞いていて改めて思いました。

被災された他者のためだけではなく自分自身のこととしても、忘れてはいけないのだと思います。


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